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十勝国の原野開墾(その2)

十勝歴史探求20

会場: 第1教室

見学不可 おすすめ 夜間講座 施設使用料

明治30年(1897)、十勝国の殖民地が解放され、開拓は本格化した。当時、選定されていた原野数は43で、その面積は29万7000町歩に及ぶ。時を同じくして北海道国有未開地処分法が施行された。同法の施行により、北海道開拓の基本的スタンスは大きく変わり、農耕地開墾、牧場開設、市街地形成が進んだ。その一方で、移住農民の多くは小作人の身分からなかなか脱せず、その根本的解決は戦後の農地改革まで持ち越された。

①芽室町の原野開墾
 当町域は、芽室・然別・芽室太・ケネなどの原野が選定された。原野は、十勝川中流域と支流美生川・芽室川流域などで、晩成社から独立した鈴木銃太郎をはじめとして尾張国春日郡の愛知県団体など有力な団体が入植した。また、横綱常陸山の農場も在った。
②足寄町の原野開墾
 当町域は、淕別・足寄太原野が選定され、明治31年から貸付が始まった。函館農場は足寄太原野と本別原野にまたがる大農場で、その後、相場農場も開設された。明治36年足寄太-上利別間道路が敷設され、同43年鉄道網走線が開通すると、足寄駅前は60余戸の集落となった。
③池田町の原野開墾
十勝川と利別川との合流点であったことから殖民地解放以前から武田菊平・坂本八重作・藤木専三ら和人の入植が進んだ。殖民地が解放されると利別原野に池田農場、蓋派原野に高島第二農場、下利別原野には青山奥左衛門の青山団体などが相次いで入植した。
④浦幌町の原野開墾
 大津に近い利便地だった当町域は、当初、タン子オタ・ウラホロ・トカチの3原野が選定され、更に直別原野が追加された。初め、南部に無願開墾者の入植があったが、殖民地が解放されると、同地域に岐阜・土田・熊谷の3農場が開かれ、少し遅れて直別原野に黒岩農場が開設された。
⑤大樹町の原野開墾
 当町域には、下当縁・上当縁・下歴舟・上歴舟・オイカマナイの5原野が選定された。下当縁原野には珠玖清左衛門の農場があった。その北西には、新潟県人田中清助の農場があり、管理人鈴木久太郎の熱心な指導ぶりが伝えられている。また、歴舟川上流には石坂燐寸軸木製造所が在った。
⑥帯広市西帯広地区の原野開墾
 伏古別原野には、明治18年土人開墾事務所が設置され、宮崎濁卑が勧農係として着任。その後定住して、津田善右衛門らと当地開拓の中心となった。富山県人だった宮崎濁卑のもとには、十勝国への入植を望む多数の移住者が相談に訪れた。また、津田の屋敷跡は津田公園として整備された。

明治30年(1897)、十勝国の殖民地が解放され、開拓は本格化した。当時、選定されていた原野数は43で、その面積は29万7000町歩に及ぶ。時を同じくして北海道国有未開地処分法が施行された。同法の施行により、北海道開拓の基本的スタンスは大きく変わり、農耕地開墾、牧場開設、市街地形成が進んだ。その一方で、移住農民の多くは小作人の身分からなかなか脱せず、その根本的解決は戦後の農地改革まで持ち越された。

①芽室町の原野開墾
 当町域は、芽室・然別・芽室太・ケネなどの原野が選定された。原野は、十勝川中流域と支流美生川・芽室川流域などで、晩成社から独立した鈴木銃太郎をはじめとして尾張国春日郡の愛知県団体など有力な団体が入植した。また、横綱常陸山の農場も在った。
②足寄町の原野開墾
 当町域は、淕別・足寄太原野が選定され、明治31年から貸付が始まった。函館農場は足寄太原野と本別原野にまたがる大農場で、その後、相場農場も開設された。明治36年足寄太-上利別間道路が敷設され、同43年鉄道網走線が開通すると、足寄駅前は60余戸の集落となった。
③池田町の原野開墾
十勝川と利別川との合流点であったことから殖民地解放以前から武田菊平・坂本八重作・藤木専三ら和人の入植が進んだ。殖民地が解放されると利別原野に池田農場、蓋派原野に高島第二農場、下利別原野には青山奥左衛門の青山団体などが相次いで入植した。
④浦幌町の原野開墾
 大津に近い利便地だった当町域は、当初、タン子オタ・ウラホロ・トカチの3原野が選定され、更に直別原野が追加された。初め、南部に無願開墾者の入植があったが、殖民地が解放されると、同地域に岐阜・土田・熊谷の3農場が開かれ、少し遅れて直別原野に黒岩農場が開設された。
⑤大樹町の原野開墾
 当町域には、下当縁・上当縁・下歴舟・上歴舟・オイカマナイの5原野が選定された。下当縁原野には珠玖清左衛門の農場があった。その北西には、新潟県人田中清助の農場があり、管理人鈴木久太郎の熱心な指導ぶりが伝えられている。また、歴舟川上流には石坂燐寸軸木製造所が在った。
⑥帯広市西帯広地区の原野開墾
 伏古別原野には、明治18年土人開墾事務所が設置され、宮崎濁卑が勧農係として着任。その後定住して、津田善右衛門らと当地開拓の中心となった。富山県人だった宮崎濁卑のもとには、十勝国への入植を望む多数の移住者が相談に訪れた。また、津田の屋敷跡は津田公園として整備された。

講座詳細

クラス 一般
曜日・時間 第2・4 木曜日
18時30分 ~ 20時00分
受講料金ほか

2022年4月~6月(6回)
受講料金:11,880円
資料代:660円

※受講料金は、受講料と施設使用料を合わせた金額です(一部講座を除く)。 そのほか、教材費(テキスト、資料、教材などの費用)、団体傷害保険料が必要な講座があります。 講座内容によって異なりますので、詳細はお問い合わせください。

持ち物・ご購入いただくもの

●持参品/筆記用具

会場

第1教室
帯広市西4条南9丁目 帯広道新ビル3階

講師

後藤 秀彦
十勝管内博物館学芸職員等協議会顧問

講師プロフィール

1947年浦幌町生まれ。立正大学文学部史学科(考古学専攻)卒。浦幌町教育委員会事務局勤務後、浦幌町立博物館長、教育委員会管理課長、同教育次長を歴任。2009年定年退職。この間、北海道遺跡等調査員、北海道考古学会委員、北海道発掘調査促進方策検討委員会委員、文化庁重要考古資料選定委員会委員、史跡ユクエピラチャシ跡保存整備委員会委員などを歴任。現在大谷短期大学非常勤講師など。

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〒080-0014 帯広市西4条南9丁目1−4 道新ビル3F

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